若い頃、逃げてばかりの私だったけど

目の前の事から逃げなくなったのは、大切な人が出来たから。

私から産まれてきたこの子たちは、もし私がいなくなったらどうなるのだろう。

私がいなくなったら、誰がご飯を作るんだろう。

 

きっとそれはそれで何とか出来るはず、きっと誰かに助けてもらえるはず。

だけどやっぱり、私がいつまでも作っていたい。

そう思ったから、まずは私が人としてきちんとしよう。

そしたらご褒美に、少しでも長く、この子たちのご飯を作っていられるかな。

そう思ったから、嫌なことから逃げなくなった。

こつこつ積み重ねることが苦ではなくなった。

嫌いな相手にも、嫌な言葉にも、それなりにスルーが出来るようになったし

毎日をとても大事に生きられるようになった。

誰に何を言われようとも、子供が幸せならそれでいいやって思えるようになった。

この子たちが笑顔なら、誰かに何を言われても、どーでもいいやって思えるようになった。

それはきっと、我慢じゃない。

 

自分のために生きることはとても大切なこと。

でも、人が底力を出せる時って、自分のためよりも大切な人のためだという時もある。

自分をとことん愛していくと、とことん誰かのためにも生きられる。

エゴではない『誰かのため』が出来るようになるのだろうと思う。

 

自分だけでは『修行並みの苦』に思う事でも

大切な人のため、そして大切な人と一緒にいる自分のために向かうべきものは、幾ばくか気が紛れる。

それはもしかすると、覚悟から生まれたのかもしれないと思っている。

大切な人の良いところだけではなく、ネガティブに思える側面や、欠点に見えるところ、うまくいかないかもしれない未来。

そんなものまでも、一緒に請け負う覚悟。

清濁併せ呑み合う関係。それはとても難しいものだけど、そこへと向かおうと必死になれているのは、やっぱり大事なものを守る力なのだろうと思っている。

 

そうは言っても、しんどい時はしんどいし、相手が清濁合わせ呑むのかは分からないけどそれはこの際問題ではないのでよいの。