気付く事ってとても大事だと思う。
気付かない方がいい事もある。
でも気が付くからこそ、やっと受け取れるものもある。影だと思っていたものが、実は尊く美しいものの化身だったという事もある。
見た目、表面的、インスタントなものに魂は宿らないというのはそういう事なのだろう。

目に映るそのもう一歩を理解した時に、すべてのものへの感謝がわいてくる。

嫌なこと、悲しいこと、苦しいこと、時には怒りすら覚えること。
そして不快なもの、受け入れがたいもの。

意図して避けられるならいい。
だけど、避けても避けても入ってくる場合、自分にとってそれらは必要なもの。

それらを超え、もう一歩を理解した時に、すべてが感謝に変わっていく

そのプロセスが、必要なこと。
すべてが感謝で、すべてが愛だということ。

誰も、何も、苦しめるために存在しているわけではなく、すべては必要なことが起こっているだけ。
受け入れるということではない。
出来事から『気付く』何かがあるということ。

嫌なことから感謝を、そして愛を見つけていく。
見つかった時、そこにはとっておきの幸せが在る。