はみ出てもいい。
だけど、自分ははみ出てるなんて思わなくていいと思う。
『はみ出る』って言葉自体、はみ出てない部分が正解みたいだもの。
はみ出てない枠にはまっていることが、正解なんじゃないんだから。

あなたはあなた、わたしはわたし。
みんなそれぞれ。
みんな違ってみんな‥‥良いも悪いもないのです。

ただみんながそうであるだけ。個人個人の性質がそこにあるだけ。
良い悪いを付けるから、尊重されなくなってしまう。
マジョリティ、マイノリティもあって当然で、それぞれのカテゴリーでその比率が変わるだけ。

1つのカテゴリーで、いくつもの魂の派があっていいわけで
大人でも子供でもないような思春期時代があるように、中年期と老年期の合間にような更年期があるように(もうすぐのわたし)、グレーというのか、淡い色というのか、そういう曖昧模糊さをもっと放任しておきたい。
曖昧さ、目に見えないもの、それを放っておくには勇気も必要だけど、白黒はっきりさせる意識が人を苦しめることもあるのだから、そこの努力は必要だと思う。
実際、自分の想いだけで、白黒はっきりつけられることの方が少ないのではないだろうか。

曖昧なものに、分からないものに、目に見えないものに
あきらめにも似た『仕方ない感』を持ってあげる事も時には思いやりだったりする。その方がありがたいこともある。

もっと解放へ。もっと開放へ。
もっと自由に、もっと快適に。
心にもっと風を通していくことで、もっともっと人生は幸へ向かうはず。

これからは『個』の時代。
自由と責任のバランスを学ぶ時代。